• ホーム
  • くらし
  • 子育て・教育
  • 健康・福祉
  • 産業・仕事
  • 市政情報
  • 組織から探す
  • よくある質問

ホーム > 市政情報 > 市の概要 > 栗田土満

ここから本文です。

更新日:2009年11月1日

栗田土満

内田で生まれたすばらしい国学者

平尾八幡宮の道をはさんで向かい側に、「栗田土満翁生誕地(生まれたところ)」という案内板が立っています。栗田土満は、江戸時代の中ごろ元文2年(1737年)に、城東郡平尾村(今の菊川市中内田)の平尾八幡宮の神主の長男として生まれました。八幡様の前の県道を渡ると、緑のきれいな茶畑が広がっています。ここが土満の生まれたところで、今も、そのころの屋敷のあった跡が残っています。

明和4年(1767年)年に、31歳で賀茂真淵(かものまぶち)の教えをうけて勉強し、39歳で本居宣長(もとおりのりなが)に就いて勉強した国学者(日本ならではの精神を研究する学問を勉強した人)です。また歌人としても有名でした。

土満54歳の時(1790年)に、学び屋を平尾の地に完成させました。「岡廼舎(おかのや)」といわれ、今の研究室、図書室のようなものです。そこで「国学や和歌」について、みんなにいろいろ教えたということです。土満が書いた本はたくさんありますが、「日本書紀」を解説した本「神代紀葦牙(じんだいきあしかび)」なども書き、ずいぶんよい本だと評判になったようです。昭和54年には神社境内に記念の石碑も建てられました。

石川依平(いしかわよりひら・歌人)、栗田真菅(くりたますげ・歌人)、小国重年(おぐにしげとし・小国神社)ら、栗田土満の教えをうけた人も多くいました。

土満は、遠州国学の中心人物の一人だったのです。土満は文化8年(1811年)、75歳で亡くなっています。

(出典:内田「名所・人物」100選)

お問い合わせ

部署名:菊川市総務部市長公室

フィードバック

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?